有名な教材会社の「学習塾」を代理店形式でやった12年間!

「うちの子」を入れる「学習塾選び」から始まった!

結婚して12年、二人の子供は小学3年生と1年生になっていました。郊外に小さな建売を購入し、暇だった私は友人から勧められたネットワークビジネスをやっていました。熱心ではなかったため収入は多くても1500円ほどでした。息子は遊んでばかりで集中力がなく、どこかの塾にやった方が落ち着くかもしれないと思って「塾探し」が始まったのでした。近くの個人塾はいつ通ってもシーンとして人の気配がありませんでした。テレビでよくCMをしているA社は1教科が高く、二人に2教科ずつ習わせるのは無理でした。B社は2教科セットで少し安かったので支社を訪ねてみました。実はB社に電話した時に「もし自分で教室を開くなら自分の子供の教材費は○○円です。」と言われた金額が実に魅力的だったのです。

その日のうちに「人生の流れ」が変わった!

B社は学習教材では自分の小学生時代から縁のあった会社だったため、なんとない親近感を感じながら支社を訪ねました。わりと大きなビルで、迎えてくださった女性マネージャーも感じの良い方でした。自分の子供の塾を探していることなど会話しているうちに、教諭免許があると知るや「ぜひ!」と「指導者資格試験」を受けることになりました。国語・算数/数学・英語をなんとかこなすとB社と契約して代理店式の「学習塾運営者・指導者」になっていました。人生って思いもかけない変化がある日やってくることがあるんですね。夫も子供たちも驚いていました。

目のまわるようなことばかりの12年の愛しい日々!

のんきな私に学習塾の運営・指導は激務でした。30代だからやれたのだと思います。教室の場所を探して契約し新聞に開室広告のチラシを何千枚も折り込み、近くの小学校の校門前でチラシまきもしました。一介の主婦がやるには勇気のいることばかりでした。でも、生徒たちが通ってくると自分の内面が生き生きと輝き、人間っていいなあと充実感を感じる日々でした。私は子供たちと話すのが大好きだったので教室は楽しく自由でうるさかったようです。成績もまあまあでした。でも団結していて他教室との行事での競争など1位をとったものでした。親御さんが離婚の相談にみえたり、中学生が「死にたい」ともらしたので慌てて家庭訪問に行ったり、難病の生徒を受け入れたり、今でも数組の親子さんと交流しています。「うちの子たち」は大きくなってから「塾では他の生徒に悪いから『お母さん』と呼ばないで『先生』と言ってたけど少し淋しかった。」と言うのを聞き、胸がキュンとなりました。勉強の習慣が付いたので進学もなんとかなりました。収入の面では教室が一つなので他の仕事をした方が多くいただけたと思います。でも私の人生を振り返ると素晴らしく愛しい日々でしたよ!

代理店を利用すると、商品やサービスをすぐ売ることができたりなどメリットが多いです。その為、代理店の募集を行っている企業やメーカーが数多くあります。